2008年07月28日

ペットボトルキャップ

こんにちは、そしてペットボトルキャップ収集にご協力くださった皆様!!
今回は、なっ!なんと!!!!9600個という、今まで1番の収集になりました!
運んでくれる運搬の方も、「オオオオッ~~~!!」という感じでした。
本当に、ご協力ありがとうございました。
これで合計、15039個!! 
約18本分のワクチンが、皆様のお陰で提供できるようになりました。
これからも、続けていきますのでご協力お願いします。

2008年07月22日

8月の休診日

6,13,14,15,20,24,27

毎週水曜日 6,13,20,27日
お盆休み  13~15日
臨時休診日 24日(日曜日)

2008年07月19日

空メール予約について

「空メール予約」の詳細をこちらのサイトに載せてあります。

『空メール予約について』

ご参考まで。
院長

2008年07月15日

シンスプリントについて

「シンスプリントについて」をクリックするとPDFファイルにてダウンロード可能です。
シンスプリントについて


ファイルを開くには、Adobe Reader が必要です。
Adobe Reader のダウンロードはこちらから。

2008年07月13日

吉田香織選手(陸上競技 100m)

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吉田香織選手(陸上競技 100m)

生年月日:1974年5月12日

出身地:福井県福井市

最終学歴:金沢大学大学院教育研究科保健体育課専攻終了

自己最高記録:100m 11"39(日本歴代3位)

主な成績

1988年全日本中学陸上競技選手権 100m 優勝 
(中学日本新記録樹立12”12)
1991年世界陸上競技選手権大会(東京)4x100mR 代表補欠
1996年日本陸上競技選手権大会 100m 2位
1996年日本記録 および日本学生記録樹立(11”56)
1997年日本陸上競技選手権大会 100m 優勝
1997年世界陸上競技選手権大会(ギリシャ・アテネ) 4×100m 代表
1999年世界陸上競技選手権(スペイン・セビリア) 4×100m 代表
2000年日本記録樹立 (11”42)
2003 年世界陸上競技選手権(フランス・パリ)4×100m 代表
2004年日本陸上競技選手権大会 100m 優勝
(11”39 日本歴代3位)

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今までの陸上生活について

『いつから、陸上を始めましたか?小さい頃から早かったのですか? 』

小学校5年生のとき、市の大会に学校の代表として100メートルに出場したのがはじめてでした。

『学校の代表には、どのようにして選ばれたのですか? 』

学校内で全員100メートルのタイムを計って、1番早かったからです。その後の市の大会も、ひょこっと出場して1位でした。それから県の大会で2位でした。この県大会で2位の情報を聞いた中学校の先生から声を掛けていただき陸上部に入部しました。

『陸上の以外でやっていたスポーツはありますか? 』

地域で流行っていた「キックベースボール」のチームに入っていたので、球技も少しやってみようかと正直考えていました。

『中学生の時、1~3年生まで毎年全国大会に出場されていますが、全国大会に出場してどんなことを感じましたか? 』

中学2年の時までは、走るたびに記録が伸びていたので楽しく、「次は何秒出せるだろう」と思っていました。中学1年で全国2位になることができたので、2年の時は当然1位になることしか考えていませんでした。大会前日は緊張してちょっと寝られなくなったりしました。でも優勝することができ、期間は短かったのですが中学日本記録を出すことが出来ました。

中学3年では全国4位と、Jrオリンピックでは、3位でした。

『中学1年で2位。2年で1位。3年で4位と3年になって順位が下がってしまいましたが、どう思いましたか? 』

気が緩んでいるのが自分でもわかっていました。「もっと、練習をしなきゃいけないなぁ・・・。」というのと、幼心にも、追っかけてくる人がいるのだなと、実感しました。

『高校時代の成績はどうだったのですか? 』

高校2年の時に、東京世界陸上があり出場することは出来なかったのですが、リレーのメンバーに選ばれていました。高3年の時は、怪我で調子が思うように上げられずインターハイ6位でした。

『どんな練習をしていましたか? 』

高校では、あまり練習はしなかったです。(笑)というよりも、高校の先生の指導方針が、10代の運動神経が発達しているときに、走り方を覚えることを重点において練習をしていたので、あまり練習をしてというイメージはなかったですねぇ・・・。

『高校卒業後、金沢大学に進学されていますが何故、金沢大学を選んだのですか? 』

関東の強豪大学も考えたのですが、「ハイレベルな試合を、たくさん行わなければならない」ことや、「学校内での選手選考が激しい」というのを高校の時の顧問に聞いていて、あまり練習もしていなかったし、体力や、チームワークという所に自信が持てなかったんです。だからあえて、「どうせやって狙うのであれば、自分でしっかりとやっていきたい」と考えていました。大学の近くに陸上の強い高校があったので、そこの先生の指導を受けながら練習をしていました。

『社会人(ミキハウス)に入ってからの練習はどのようにやっていましたか? 』

とても理解のある会社で、陸上は個人競技なので、それぞれのコーチで、それぞれのあった場所で練習をさせてくれました。

『数々の国際大会に出場経験がありますが、印象深い大会はありますか? 』

初めて走れた、アテネ世界陸上と、パリ世界陸上ですね。出場権獲得までに、何回もタイムトライアルをこなして、苦労したので、その苦労を経て舞台に立てたのが良かったですね。

『尊敬していた、または、目標にしていた選手はいましたか? 』

こうゆう選手でいたいなと思っていたのは、北田敏恵選手です。中学3年のときに初めて日本選手権に出たのですが、そのとき優勝した方で、当時の日本記録を持っていた方です。凛々しくて、記録をずっと出し続けているとういのが「カッコいいなぁ」と思っていました。私が大学時代に、当時の日本記録を出しましたが、2週間後に記録を塗り替えられたのも北田さんでした。

『2004年に引退されましたが、決断のきっかけになったことはありますか? 』

30歳になる年でしたし、練習に身体がついていくのがやっとになり、きつく感じ始めていました。2004年はシドニーオリンピックの年だったので、シーズン前に「この1年で、やるべきことをやって、全力でやり尽そう」と思い、オリンピックを目指しましたが出場することができませんでした。しかし全力でやりきれたので、すっぱり引退することができました。

ケガのことについて

『初めてケガしたのは、いつ頃ですか? 』

普通に歩いていて転んで怪我したりと、些細な事での怪我はありましたが(笑)。陸上では、インターハイ前に体重の増加で、足の甲を痛めてしまい、痛み止めの注射を打って出場しました。

『他に、怪我はありますか? 』

大学2年の時に、膝を痛めて手術しました。手術を選択した時は何も考えずに「痛いところを取ってもらおう」という感じでした。12月に手術し、その後リハビリをしてシーズンには間に合ったのですが、大学3年生のシーズンは満足な走りはできませんでした。試合出場してはいたのですが、今までの自分のスピードではありませんでした。記録も出なくて・・・・。やっと満足のいく走りができてきたのが大学3年のシーズン終了後で、それまで走れなかった「もやもや」で冬のトレーニング期は一生懸命練習しました。その甲斐あって大学4年シーズンで、日本記録を出すことが出来ました。

社会人に入って、練習中半月板を痛めてしまいました。その後我慢して走っていたのですが、練習中「グギッ!」となり脚の着地で痛みが出たり、それを庇ってアンバランスになり他の部位を痛めたりしました。1度目の手術でシーズンを棒に振ったので、2度目の手術は正直悩みました。「やっぱり、このままでは思い切り走れない」というのと、次のオリンピックまでちょうど2年あり、「1年走れないシーズンになっても、残りの1年で持ち直すには、今手術するしかない」と思いすることに決めました。

『リハビリ中、なかなか良くならなかったり、気持ちが落ち込んだりしたことがありましたか? 』

半月板損傷のときは、運動できない期間が長かったので、背筋が落ちてしまい、元に戻すためにムリに頑張って逆に腰を痛めたりし、一進一退を繰り返すことが多く「ダメなのかなぁ・・・」と思ったときもありました。しかし少しずつ改善していくのが分かってくるとリハビリが面白くて。少しずつ走れたり、走った後の疲れ具合が、前よりも楽になったりして、その繰り返しをすることでモチベーションが戻ってきました。「以前の走りを取り戻すために」という心意気だけで頑張りました。

ケアーについて

『ウォームアップやダウンにどのくらい時間をかけますか? 』

走り出すまでには、1時間ぐらいかけてアップします。ダウンは、ジョギングやストレッチなどを含めて、20~30分ぐらいです。

『アイシングをするのはどんなときしますか? 』

ちょっと痛いところがあれば、それ以上痛くならないように、予防のためにアイシングをします。あとは、元々痛めていたところや、すこし浮腫んでいるなぁと思ったらですかね。

『いつからマッサージなど身体のケアーをするようになりましたか? 』

高校生になって、足の甲を怪我した時からです。走る身体作りとしてマッサージをしだしたのは、20歳ぐらいからですね。練習が増えると身体が張ったりするので。

食事について

『食事で気をつけていることはありますか? 』

栄養士さんを紹介してもらい、栄養士さんと相談してメニューを作成してもらったりしていました。食べることもトレーニングの1部として、気が進まなくても、食のトレーニングと思って受け入れて食べてくださいと言われていました。それまでは、好きなものを食べていました。

『好き嫌いはありますか? 』

結構あります・・・。(笑)

『サプリメントはどんな物をどんな時に使いますか? 』

主にアミノ酸(たんぱく質が分解されたのがアミノ酸)など使っていました。プロテインは、たんぱく質と糖がちょうど良い割合で入っているのを栄養士さんに勧められ練習後に飲んでいました。

プロテインは、取るタイミングが大切です。ただ闇雲に多く摂ってしまうと脂肪にしかなりません。栄養士さんにはサプリメント(プロテインなど)は色々と教わりました。摂れば良い物ではなく、また、すぐに効果が出るものでもないですよね。普段から考えて使用し、ふっとした時に「あっ!身体のキレが違う!!」って感じますよね。

素朴な疑問

『100mは無酸素運動と言われますが? 』

スタートの時はすごく集中しているので、呼吸をしているのか分からないですね。身体を、動かすことだけに集中していて観客の歓声なども聞こえないんです。ピストル音以外は、聞こえないですね。

『周りとかは見えるのですか? 』

「今からやるぞ!」っていうことに集中したいので、あまり周りを見ないで、一点を見て集中していることが多いです。調子が悪いときは、隣の選手とかが視界に入ってきたりして、うまく集中することができないですね。

現在について

『現在は、NSAA※でご指導されていますが、指導する立場になって感じることは?』 ※NSAA・・・日産スタジアム・アスレティックアカデミー

そうですね。受講生の半分近くの方が、健康コースから、競技コースに替わっていって、マスターズ陸上などに参加して、出場した事を素直に嬉しく思ってくれ、結果はどうであれ、やっぱり、自分の力を試してみたくなる。人ってみんな自然とそう思うんだなぁ・・・。私がアドバイスするとこで、手ごたえを持ってくれ、毎日来てくださることは、本当に素直に嬉しいです。受講生の方や、周りの方々と、その場に居られることを感謝しています。

『先日95歳の方が、100mで記録出しましたが・・。』

はい、世界記録ですよね。知っています。やっぱり憧れますね。最終的に、そうなりたいです。ずっと足に自信を持っていたいし、何よりも、気持ちが保ち続けられますよね。ずっと、走れる身体でいたいです。

『いつまで陸上を続けていきたいですか? 』

走るのは、死ぬまで走りたいです。どんなに遅くなっても、おばあちゃんになっても走りたいです。もしかして、走れなくなったら、「あぁ・・ちょっと老けたかなぁ・・・。」って思うかもしれませんね(笑)そんな気がします。楽しく走れたらいいなぁ・・・。走ることは、他のスポーツとそこが違うんだなぁと思います。

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吉田香織さんから皆さまへメッセージ

平塚で週に1度練習をしているので、興味のある方は是非いらしてください。

陸上に興味がある方はこちらのサイトも覗いてみてください。

『特定非営利活動法人 日本アスレティクスアカデミー』

2008年07月01日

超回復について

「超回復について」をクリックするとPDFファイルにてダウンロード可能です。
「超回復について」


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